2006年08月14日

NHK杯二回戦第1局 △倉橋正行九段対▲趙治勲十段 黒4目半勝








 解説:石田芳夫九段、結城聡九段
 □黒は5、7とカカリっぱなしにして右辺に三連星を敷く。
 □白10〜12の時、黒13を利かして白14と交換してから黒15に戻ったのは、右上の黒の三々(黒15、R-17)と上辺白の二間開き(左上が星の白だけなら、ケイマ=白16のところ、M-16とはならない)を決めてしまってからの左上カカリは上辺右の白が安定しているので、実戦白14のようにおとなしくケイマに受ける(そうなれば上辺の白は位が低く、つまらない)とは限らない。その時は参考図Aのように挟んで左辺の黒は不安定な石をふたつかかえて忙しい戦いに巻き込まれて不利である。
 □という理由で、黒は右上はいったん放置して、左で黒13ケイマガカリと白14ケイマ受けを利かしておいてから黒15と右上三々に戻る。
 □白も14があるので上辺のバランスを計る意味で、16は二間ビラキではなく高くケイマに構えた。参考図B参照。
 □黒17に白18は趣向、黒が三々コスミなら参考図Cのように黒を隅に閉じ込めてしまおうという考えである。
 □黒は左辺に不安定な石をふたつもかかえているのに、更に黒19と打ち込んだ。趙一流の薄く辛い打ち方である。その意図は白20を誘い、黒21と踊り出して、白22、24を必然とさせて黒25とコスミ、3つのグループの黒石が単に逃げるのではなく、上辺と左辺の白と際どく競りあう中で凌いでしまおうというもので、極めてレベルの高い打ち方である。それは一歩間違えばいっぺんにつぶれてしまう可能性をも秘めていて、現代の国際トップレベルの序盤から布石なしで戦いに入るという打ち方の先駆けをなすものであった。だから棋聖を六連覇していた頃の藤沢秀行などでさえ理解されず、「(趙)治勲は思想が低い」などとけなされていた。
 □左辺は黒23あたりで参考図Dのように収まることもできたがこの碁の黒の生命線である右辺の中国流に触ることを怖れて手をつけていない。
 □黒27では参考図Eのカケも考えられたが、結局やめたのは手抜きされた時左下を切られて分けの分からない戦いになるのを嫌ったものか。
 □黒27は右辺の中国流を意識している。参考図Fのトビがスケールのでかい全体構想だ。
 □黒31は様子見。白32、34と一歩一歩出てくる間に、黒は幸便に黒33〜41と左下を好形に整形して、右辺の黒の中国流との連繋をも展望して好調な運び。後は、左上と上辺の黒をシノげばよい。
 □白42は「正々堂々と真っ向から勝負を挑む本手」(石田P)ただし、本手とは、足の遅い意味もあり、対局者の倉橋正行九段本人は局後「緩着でした。一手緩んで、攻守が逆転してしまった」確かに、石田Pの言うように参考図Gのように、忙しく行くほうがよかったようだ。
 □黒45はいかにも“趙らしい”一着。この一局の碁で唯一石田Pの予想になかった【石の方向】である。中央進出のこの忙しい時に、あえて一手かけて手を戻している。これで、左上の黒が生きたわけでもなくなんとなく中途半端な感じもするが、これが趙ならではの[生きている石が最も厚い]という厚み感覚なのである。続いて47と打ってやっとこちらの黒はほぼシノギ形。
 □白も46と懸案のところを破って中央へ顔を出し、黒47〜白64と中央での白三集団、黒二集団の先行争い、鍔迫り合いが始まる。
 □このあたりを勝負所と見て趙はコンコンと考え込む。「(黒49を見て)こんな碁になっちゃった。」「この碁は寄せに時間は要らない(ここで決着がついてしまう)」
 □白50のケイマは頑張った手だが薄い。
 □(黒51では)押さえ込むのが一番きつい。白封鎖されて一手手入れして生きるのは敗勢に近い。」(石田)参考図Hの出切りのことか?
 □しかし黒51、53と勝負を先に伸ばす。参考図Hに危険を察知したか、形勢悪くないと見て自重したか?
 □黒65と微妙なトコロでノゾキを利かす。
 □白も黙ってツグのは利かされなので66とツケ、67と替わって一子を犠牲にして先手を取って切りを緩和し、その調子で68とノビる。
 □黒69、71を利かしておいて、待望の73に回る。ここは、先に白46の個所と同じ意味で、上辺と右辺の中国流の模様を繋いだ手で、衆目の集まる個所であるが、本手は参考図Jの一間トビ。だがそれでも白から打つとここが破れる危険はあるので、あえて薄く実戦のように打った。しかし、黒73が薄いことは薄いのは事実で、このラインの強弱が勝負の分かれ目になってきた。無論、このまますんなりと繋がって右辺の黒地がまとまれば黒大いに良い。
 □白74に対して、黒85は黒めいっぱいの頑張り。獅子奮迅、阿修羅のごとく、これぞ趙である。「こういかなくては打っている気がしない」という趙の気迫が見る者にひしひしと伝わってくる。「黒83では左辺の黒八子は見捨てて右下を強化するのもあった」と石田P。白83の切りは30目は固くばかでかいが、右下を二手連打して手付かずの黒地にまとまれば、それは百目はあろうかという巨大な地が完成するのでどっちも恐い?石田Pが図を示さなかったので、あおきが勝手読みをしたのが参考図Kである。まあ、それはそれで一局だったかもしれない。あんがいいい勝負だったのかも。だからこそ、趙は83と根こそぎ助け出してシノギ勝負に出た、とも言える。黒全部活きれば圧勝。取られればさすがに負け、と大バクチなのか?
 □だが、実戦は黒85まで根こそぎ助けようという欲深い手で、そうなれば黒は逃げ切ってしまう。白は怒らなければならないところだ。ここで白はどこに打つか?参考図Lである。次の十数手で勝負は決まる。
 □ここで白は白86黒87の交換をしておいてから88に戻った。この交換が吉と出るか、凶と出るか。
 □黒89〜白94はこう打った以上いわば必然。次の黒95が悩ましい。参考図Mである。
 □このあたり勝負所だが、両者とも持ち時間は使い果たしていて一手30秒の猛スピードで打っているので解説が口を挟む暇もない。白100〜128と白は右下を荒らしつつ生きたが、黒も129と繋がっては73の頑張りが効を奏した格好で右辺と下辺がそれなりにまとまった地ができては大差(12〜13目ほど?!黒良し)で黒の勝利が確定した。
 □遡って「黒101はやりすぎだった。参考図Nくらいに止めるんだった」という趙の反省がある。
 □というのも、実戦の進行は白はシノギながら、白110、122と急所に石を持ってきて、黒の薄みは現実の嫌味になってきた。特に下辺の黒125は122と緩めなければならず、黒はこれでモーレツに味悪になった。
 □時間に追われた白の倉橋はここで128と右下の白の単独の生きで妥協したのだが、その瞬間に黒129と連絡されては勝利の女神は白番倉橋の手からするりと抜け落ち、黒の趙の勝利が確定した。
 □実は、この時この日のもう一局の解説で待機していた結城聡九段が白128での白大逆転の一着を発見して控え室のモニターに向かって咆哮していた。「倉橋君、どうして切らない?!」と。参考図Oである。
 □成る程、白128でここを切れば黒は破綻していたのだ。そこで上記の「黒101では参考図Nだった」という趙の反省に繋がるというわけである。
 □この碁は、終始黒が先行、白42がおっとりしすぎの緩着で、その後は黒が主導権を握った。ただし黒101と125は恐い手で、白128で右辺を切れば逆転していたものを、実戦の128生きではモノが小さく、白の負けが確定した、ということになる。したがって白の敗着は128になる。
 □[したがって、以下は蛇足であるが]ヨセに入ってから趙は少し躓く。黒151では先に黒195、白196を決めなければならず、実戦は白158から160の筋が発生したが、逆転には到っていない。
 □ただし、↑上記「逆転には到っていない」は『週刊碁』(2006.8.28)の結論であって、放送時石田Pの呟き「白158では、160からやっていれば結果はどうなっていたか判らない」をやってみたのが参考図Sである。これは、ややや、白勝ちだぞ、おいおいおい!ど〜なってんのさ

 参考図A 黒13で右上を決めると左辺のカカリにはに挟まれて忙しい戦いになる。






 この図は左辺で黒は不安定な石をふたつかかえて、不利な戦いに巻き込まれてしまう。

 参考図B 白16で二間開きは上辺が位が低い。






 白14と左辺星からのケイマしまりがあるのに三線に低く二間ビラキするのは、白は三線に偏して位が低く打つ気がしない。この図だと後に黒からの肩ツキが絶好で白は三線を這わされるのはやりきれないとしたものだ。

 参考図C 黒19三々コスミなら白は黒を左上隅に閉じ込めて白模様が理想的






 白26がシチョウで取れているのが厚い。

 参考図D 黒23で左下ツギは良くない






 黒23〜27のように運べば、左辺の黒は安定してそのかわり左辺の白が薄くなり逃げている間に左上と上辺の黒も上下の白を攻めながらサバけて好調のようであるが、それをあえて我慢しているのは左下から一間にトんだ白24の切っ先が、この碁の黒の生命線である右辺の中国流を遠くから消しているのがイヤなのである!(そういうものなのか?!)

 参考図E 黒27カケはあった






 この図は解説の石田芳夫九段のご推薦(というか「趙さんならこう打つだろう。というかそれが石の流れ」)だった。が、結局思いとどまったのは白28の切りで闇試合になることを怖れたものか?!

 参考図F 黒27は右辺にスケールの大きい黒模様を狙っている






 白32で左下を切るのは、この時点ではモノが小さくまた本物ではない(もう一手手入れしなければ白は左辺を取り切れた、とは言いにくい)。その隙に黒33(ここが急所)とトバれると右辺にやたらスケールのでっかい黒模様ができる。

 参考図G 白42ではノゾキから切りで、急戦が戦いの主導権を握っていてよかった






 白42ノゾキから44切りで、ここで戦をしかけるのが全局の主導権を握る意味でよかった。左辺での戦いに白不利は考えられない。

 参考図H 黒51では押さえ込み(出切り?!)が一番きつい(石田P)






 白50のケイマが薄いので、黒51の押さえ込み(出切り)が決まれば勝負あった。が...

 参考図J 黒73では一間トビが本手






 黒73のトビが本手っぽいが、白74とトビで応えられるとここの黒は破れてしまう危険性がある。それで、どうせ薄いのならと、実戦の73とあえて薄く打って白を挑発している気味がある。
 
 参考図K 黒83で左辺を手抜きして二手連打すれば






 左下の白地も48目とでかいが、その隙に右下を二手連打するとすれば、こんなものか?またこれがどの程度黒地としてまとまるのか、あおきレベルではとうてい分からない。

 参考図L 白86でどう打つか?






 黒73で上辺と右辺の中国流が繋がった素振り。黒77、81で左下の黒も目無しながら右辺の中国流と五間の幅で連絡を窺っている。白はその二つをどこかで破り右下の黒模様をガラガラにしないといけないのだが...。本手は白68から右上ハネの一子アタリなのだが...。

 参考図M 黒95ぼんやりと上下が繋がったフリ






 黒95と下辺の黒から上に二間にトんだ。黒73とあいまって、黒はこのあたり上辺といい、左辺といい、なんとも薄いのだが...。最も、白も86〜94と元手をかけた以上この白は最早捨てることはできない。とりあえず白96〜黒99までは利かして...。さあ、どうする?

 参考図N 実戦の黒101はやりすぎだったと、趙は反省






 黒101から103のハサミツケは恐い戦いに突入するようだが、この様にきびしく打ったほうが、白も生きなければならないのでかえって決まりがつくという意味では分かりやすい打ち方なのかもしれない。これなら黒は上辺も左辺も連絡して安泰だったらしい。

 参考図O 白128では奇跡の大逆転があった!






 白128ではとにかく128と上辺の黒を切断、黒129は必然として、ここで白130とと“ドシロートっぽい”ノゾキが愚形の必殺技。白132、134に黒133、135の取りを必然で、その瞬間の白136、黒137が必然(だから、先の125では222と緩めておけばよかったのら!黒の馬鹿バカ!)白128がぴったりのダメ詰まりで、続く白130の出に黒抵抗するすべはなく、黒中央十二子か左辺の黒十四子がごっそり落ちては黒は即、投了の憂き目にあるところだった。う〜んかっての昭和の異能梶原武雄の“ドリル戦法”を上回る平成の鬼才結城聡の“チェンソー殺法”の凄みここにあり、というところであるか。
 なお、白130には、黒131、133と打って上辺の黒を助ける方法もないではないが、それは参考図Pのように中央の黒六子が取られて地合いは大差で白良し。黒の最大の抵抗は参考図Qのように黒133で中央を接いで上辺の黒と右下の白の攻め合いにもちこむことだが、どうやらこの戦いは黒悪いようだ。

 参考図P 黒131と妥協すると






 中央の黒六子が落ちては、黒負け。

 参考図Q 黒133で攻め合いにもちこむのは






 続いて黒135といくのは白136以下攻め合い白勝ち。かといって、黒135で参考図Rといっても攻め合いは黒勝てない。

 参考図R 黒135でこちらのダメをつめるのは






白136と下がって白はこの攻め合いに負けることはない。

 参考図S 白158で中から先に行くと






 これは、あおきひとしの拙い作文だが、おいおい白逆転してんじゃんか?!う〜む、謎だ。




























posted by 蔵山車理恵蔵 at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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