2006年08月27日

NHK杯2回戦第3局 ▲王銘ワン九段対溝上知親八段 白中押し勝 2006.8.27OA








 解説:マイケル・レドモンド九段
 □白4は最近珍しい形。この一手がこの碁の骨格を決めた、と言っても過言ではない。
 □というのは、黒1が右上隅小目か星、白2手目が左上星か小目(ただしD-17に限り、C-16は無い。それは黒3にカカられて碁はオワ。参考図A、B、Cである)というのが、近代碁の常識。
 □ただし、黒1が星の場合、白2は左下もありうる。大場としての比重が、対抗軸の左上と対抗隅の左下でぴったりセイムなのである。
 □そして、白2が星ならば、黒3でひとつだけケイマにカカって相手の受け方を問うて次の手を決めるというのは最近頻出の趣向。
 □白4の一間受けは最近珍しい。
 □近年は星にケイマガカリされたらケイマに受けるのがほぼ100%になっているが、これは1980年年代当時のトッププロであった趙治勲が打ち出して一世を風靡して現在に至っている、比較的新しい打ち方である。
 昭和55年24歳で名人になった趙は「趙治勲青春指導碁」として全国を回り、中学生などと指導碁を打っていた。置き碁において、黒の星へ白がケイマガカリした時は大ケイマに受けるべしというのが戦前の定石であった。それが星打ちが互い先の碁にも頻繁に登場するようになった「新布石」の頃からか、位を重んじて四線に一間に受ける打ち方が奨励されるようになってきた。置き碁といえども初手(ハナ)から守り一辺倒の受け身になる大ケイマでなく、互い先の感覚で“対等の立場”で戦ってみることが、すなわち強くなるためには必要という発想である。しかし、置き碁であるならば、力の差はあるわけで、そこでまっこうから四つに組んで戦いを挑むということは、いきなりの戦いとなってそこでばっさりやられてしまう可能性も高い、ということでもある。
 そこで、ケイマカカリに対してはいきなりがっぷり四つに組むのでもなく、かといって卑屈に大ケイマなどと守り一辺倒に受けるのでもなく、その中間点であるケイマに受けていったんは守りについたと見せかけて実は反撃をも睨んでいるのが、バランスもよくよろしかろう、という提案をしたのである。
 ところが、そこが趙治勲の真摯なところであるが、「アマチュアの碁で真理であるやり方ならば、それは普遍的ということであり、プロの碁でも通用しない訳がない」ということで、星の石へのケイマカカリに対して小ゲイマにしまるということを自分の実戦にも取り入れてみた。まあ、トップ棋士というのはどのように打ってももともと強いのであるからそれで勝ってしまうわけで、となると逆に小ゲイマシマリは“トップ棋士の趙治勲が愛用して勝率もよい手”ということで、プロの間で研究もされ流行することになる。それが現在まで続いているというか、今日の中国、韓国の世界トップレベルの発想にもつながっているということである。
 いわば、小ゲイマシマリは“どのように打っても勝てる、したがって××流という特定の打ち方をしなかった”棋士趙治勲が編み出した数少ない“趙治勲流”の一手なのである。それは星にケイマガカリして小ケイマされた時、隅へのケイマスベリ(ふつうは先手)を保留して<単に>二間に開くというコペルニクス的発想“小林流”へと進化していった、というのも昭和後期囲碁史の不思議さ面白さであろう。
 □だから、白4の一間は歴史を20年遡らせたやや旧式の発想であり、黒の利かしたつもりの黒3小ケイマを正面から迎え打ち、戦おうという果敢な戦法である。しかし、「ものごとは全て裏表がある」わけで、黒からはC-8のケイマが白のスソ空きを狙った攻撃の急所になっている。
 □したがって黒5以降、この碁は他の大場よりも、どちらが先に左下に手を回して攻勢に立つかが全局の帰趨を占う一大焦点になってくるのである。
 □したがって、黒5、白6と大場を一手ずつ占めあった後、黒は7と念願の左下スベリの急場に回ったわけである。
 □ところが、白8で左下を受けるのは“利かされ”になるとみるのが、プロならではの独特の感覚である。左下は参考図Dと黒を隅に閉じ込める手段もあり、また平易に参考図Eと三々と辺を交換する方法も残されていて、あわてて三々に受ける必要もないというのが趙-小林の時代よりも更に進化した現代碁である。
 とにかく現代碁は“なるべく決めてしまわないで、いろんな含みをのこして打つ”のが流儀だ。だから、やけに手抜きが多い、のが特徴だ。
 □というわけで黒7には手抜きで白8のカカリ。
 □黒9の厳しいハサミ(手抜きにはE-16ツケがピッタリで厳しすぎる)には流石に手抜きはできず、白10。
 □黒11の二間は穏やかな受け。ゆっくり打つことで@少しでも(D-14のケイマ受けと比較して)左下方面へ石を進めることで、(例の懸案の)左下C-8への黒のケイマガカリの左下白への迫力を増したいし、A逆に忙しく打って参考図Fという白の好形を許したくない、という二重の意図(いずれにせよ、<左下黒7のケイマスベリ-白手抜き>による白の嫌味を意識している)がある。
 □となると、盤中これといった急場は消えておちついた先の長そうな碁となり、僅か17手にしてこの碁は持久戦模様となった。
 □なもんで、白18は盤中最大にして最後の大場。大袈裟ではなく、これよりヨセである。中抜きのイキナリの終盤戦突入である。
 □黒19〜25はナチュラルなヨセの流れ。ただし後手。
 □こうなると、いったんはその価値が落ちていた左辺もヨセとしては急場化してくる。で、白26はヨセとしてはいっぱいに頑張った手。32までとなれば白厚く、左辺から上辺にかけて白の模様らしきものが生じてきて、下辺の黒の勢力との対抗馬にのし上がってきた。
 □つまり、ここにきて碁は中盤戦に逆戻りしてきた。
 □黒は落ち着いて33ケイマと、一歩ずつ慎重に下辺の黒模様を拡大する。
 □白34シマリは30目の価値はあろうかという“ヨセ”の大場。
 □つまり、この段階で、黒は模様の張り合いという中盤戦作戦を志向するのに対し、白は「模様の張り合いという挑発には乗りませんよ。」「下辺の模様は三手連続して打っても地にはなりませんよ。」「したがって、今は(模様の張り合いという)<中盤戦>ではなく<ヨセ>の時代ですよ」と主張している。
 □この「黒=中盤戦」VS「白=ヨセ」いずれの考え方が正しいのだろうか?
 □上記の問題の正解は「白=ヨセ」。白番溝上の言い分が正しかった。
 □というのは、黒33、35、37と三手かけてもここは黒地にならず、白60の時限爆弾が炸裂(下辺の黒模様の中で白は堂々と生きてしまい、黒模様は吹っ飛んだ)したからである。
 □黒番王銘エンの黒37は工夫した手である。参考図Gと囲えば固いが、これでは黒地は少なく、地合いでは白良しなので、黒勝てない。それで、37と大きく構えてみたものの、(白38と悠々と受けられ、黒39〜59と忙しく立ち働いてはみたが)結局白60に回られて、ここ黒の金殿玉地宝庫を正面突破されては、黒の言う中盤戦=「模様の張り合い」構想は哀れ、玉砕してしまったのだった。
 □おしまい。
 
 参考図A 黒1右上小目、白2向い小目は黒3と先にカカられて白悪い






 「黒1右上小目、白2向い小目(本来は“相小目アイコモク”というべきもの)は黒3と先にカカられて白悪い」が古来の教えであった。すなわち、白4と同形にカカると、黒5と絶好の形にハサまれる。これでは上辺は黒が強い(生きている=根拠がある=攻められない)石が2グループ、対白が弱い(生きていない=根拠がない=攻められる一方)石が2グループということで、白絶対不利(従って白4は悪手。しかし白4そのものは部分的には妥当な手であるから、盤全体で考察すると、さかのぼっての白2向い子目が悪手である、という考え方)とされていた。
 これが信長、秀吉、家康と三代の天下人に仕えた日蓮宗僧侶日海=初代本因坊算砂以降300年の日本囲碁の打ち立てた囲碁理論=布石論の根本原理である。それは一手の価値の比較原則「1隅(ただし、小目のみ)、2シマリ、3カカリ」とあいまって、“序盤はどこに転がしても一局は一局”という(それは論理的=具体的にその非を証明できない以上、それ自体は今なお通じる真理、少なくとも絶対真理を打ち立てる前提としてのテーゼではあるのだが)、いってみれば勝負なんてサイコロをふるのと同じ、[(碁は)運の芸](“耳赤の手”で秀策に敗れた井上幻庵因碩がその著書『囲碁妙伝』で書いた有名なセリフ)論をきっぱりと否定し、論理的思考の積み重ねの上に囲碁の必勝法を構築せんとした日本人の智恵である。その精華がその因碩に“耳赤の手”で勝ち、少なくとも黒番ならば先手必勝の<秀策流>を創出、実証し、お城碁19連勝無敗の大記録を打ち立てて碁聖(道策を前聖、秀策を後聖と称する場合もある)と呼ばれた本因坊秀策である。(余談であるが、その秀策の碁を研究し、「私は一生かかっても秀策には勝てない」といったのが李昌鎬であるから、日本人はその囲碁理論にもっと自信をもって良い、と思うのだが...)

 ところが、それを承知でこのように打った例もないではない。それが、この昭和25年第5期本因坊戦挑戦手合第3局、(白)橋本宇太郎-(黒)岩本薫本因坊である。
黒3に白4と同型にカカり、あえて黒5の好形を許した例である。黒21のカケに、白は24以下28と三子にして捨てる策に出た。黒33と打った手が珍しく、白34以下面白い変化となった。白46とサバいては白は実利で先行して危ないところはなく、全局的に走っている。いかにも“天才”宇太郎らしい、策に富んだ打ち方ではある。

 また、現代では参考図Bのように、白4と高くカカるなど、カカりに変化を持たせる工夫があり、その教えにはこだわらないのが普通である。

 つまり、現代碁では向い小目を打つについては、かなり自由な考え方にたっているといえよう。(『基本布石事典』林海峰著 1978)

 参考図B 白4一間高ガカリ






 当節は向かい小目でも、白4の一間の高いカカリという現代的な手法があって、白の向い小目がいちがいに悪いとは言えなくなってきている。
 その典型がこれである。
 これは昭和41年(1966、といえばビートルズ来日の年だ。う〜む、あれからもう40年になるのか)第5期名人戦第1局(白)林海峰名人-(黒)坂田栄男本因坊という歴史的一局である。“アンシャンレジームの権化”坂田の旧戦法に対し、“戦争を知らない”“遅れてきた青年”林が新戦法で挑んだ一戦である。右上は部分的には黒良しとされるが、先手を取った白が20のコスミに回り(途中、例えば黒7で20のカケが先手で成立すればトータルで黒良し、なのだがそのヒマはないらしい=黒模様がスカスカになる)以下黒33まで怒涛の如く左辺を“大もの”にすれば、上辺の黒地は厚みと厚みがかぶったコリ形でしかなく、続いて白34〜黒49とこれまた先手で右下を決めつけ、とって返して左下を50、50と構えれば、白あっという間に必勝形である。

 参考図C 黒1右上星、白2向い小目は黒3一間高ガカリで黒優勢






 黒3以下左上隅が互角の形勢で治まると、以下は隅>シマリ>カカリの法則(序盤は左に示した>の順で価値が高い)に従って行けば二隅が空いていて交互にそこを打ち、以下相互に見合いの大場を打ち合っていけば、最初に右上に打った星(しかも左上の三間ビラキの勢力との間合いが絶好)の威力がいつまでも残っていて、先着の黒有利の形勢はコミ6目半を補っても余りある。

 参考図D ハサミから黒を隅に閉じ込める






 右下の打ち方次第では、このように一間バサミから黒を隅に閉じ込める方法もある。

 参考図E 黒7には手抜き






 黒7には手抜きをして他の大場を打ち、黒9と三々にコスまれても、白10と辺を二間に開いていてよろしい、という発想もある。

 参考図F 黒11でケイマは、白を厚くさせて不可






 黒11とケイマすると白12〜黒17を先手で利かされ、白18〜22と幸便に黒を封鎖して、左下白への黒ケイマガカリの狙いは消えている。

 参考図G 黒37で囲っても、この地では勝てない






 黒37は左右対称の中央という好点ではあるが、いかんせんこのラインで下辺の黒地をまとめるのではモノが小さい。黒は下辺の一箇地にたいし、白は右辺、左辺、それに上辺にしっかりとした地があり、大差で白良し、と言わねばならぬ。


posted by 蔵山車理恵蔵 at 15:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

第15期竜星戦決勝トーナメント1回戦 依田紀基九段対安藤和繁二段








 □黒39に白40と下から受けるのは何と言っても利かされ。竜星戦独特の予選変則トーナメント最大連勝というシステムによって決勝トーナメントに進出した安藤二段は相手が依田ということで畏縮しているのか。黒55と抱えられては攻められる心配はない。自らの勢力圏で大威張りで治まられ、かなりつらい格好。参考図Aは一例だが、このほうが白はのびやかなような気がする。
 □白56〜黒69は相場として
 □白70〜82は黒模様に殴り込みをかけ地合いのバランスを取ったものだが、黒83まで厚い。
 □白86は守りだけの手で、存外小さい。
 □黒87のツケ以下、黒93、95が先手で利いては黒旨いことをした。左上の白は目二つで辛い。
 □この碁はなんか、依田の貫禄の前に安藤が竦みあがってしまい自滅したようだ。
 □なんてことはない67、69で白四子を切り離してはお終いである。

 参考図A 白40押さえ






 白49までとなると、黒も50あたりに一手手入れがいるような...



posted by 蔵山車理恵蔵 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月20日

第54期NHK杯2回戦第2局 ▲張栩名人・王座対△山田規喜九段 黒中押し勝 2006.8.20OA








 解説:結城聡九段
 □白26〜32は気合いのフリ替わりだが、黒33〜白40が先手で利き、黒41の絶好点へ回られた分、先着の利が生きていて黒面白いのかもしれない。
 □だから、白34では気合で参考図Aとトビたかった。
 □というのも、白48のサバキに、黒49,51の強手が成立し、黒がここで大利を得たからである。
 □だから、白48では参考図Cの下切りからいきたかった。“初劫にコウ(材)無し”のようではあるが、放送後の検討の結果、左上で二回頑張るコウ材が頼りであることが判明したらしい。<放送での検討では、初劫にコウ無し、という結論だったが、その後、検討を進めた結果、それが覆ったようだ>黒が妥協して、白シチョウで右辺の黒一子を抱えればまずまずだったろう、という最終結論で、それなら白もまだやれた、ということらしい。
 □白52で53の切りは黒がシチョウで取られている。参考図C参照。
 □ということは、白42からここを動くのは重く、白はそれ以前の手、つまり26、28のコウが悪かった、というのがOAでの結論だった。
 □左上でコウが生じ、“初劫にコウ(材)無し”ということで実戦の進行はほぼ必然だが、右下でもまたまたコウにいくのが正解だったようだ。なんと、白は両方ともにコウ材有利だったのである。
 □結局白は妥協して、50、52、54と打ったが右辺はシボリにもなっていないので黒55と取り切った右下の黒は見かけ以上にデカイ、“手付かず”の黒地だ。これなら、最早形勢黒良し、となった。ここで、優位に立った黒は以下もその優位を譲ることなく一局を押し切った、ということで、この碁の白の敗因は白48にある、というのが最終結論であった。
 □左下、白56〜黒79は、双方定石に囚われず手筋を出し尽くしての見ごたえのある攻防だが、79とポン抜いた分、黒厚い。それが後の中央の戦いにどれだけ影響するかが、勝負の分かれ目と見えたが...。
 □左下を先手で切り上げ、上辺を白80と二間に開いて白全局的に中央が厚いかとも思われたが...。
 □黒81〜85と黒は上辺に手をつける。
 □白86が作戦の岐路だった。この手では参考図Dとおとなしく受けて黒は活かしても、中央を厚くする作戦はありえたかもしれない。
 □白は勇ましく、86と押さえたが黒97となると上辺と右辺の渡りだ見合いでこの黒は生きている。
 □だから、白98と生きている石をいじめに行った手が敗着と思われた。黒99から104で、上辺と右辺の渡りが見合いだからである。
 □だから、解説の結城聡九段は98で参考図Eの中央囲いを主張した。が、張栩はそれでも黒99と右下を囲い、黒良し、を主張、結城もそれには反論しなかった。だから、白98は敗北を決定づけた手ではあっても敗着ではない。
 □敗着はそれ以前、白86か、白26であったろうか?
 □ということは黒105に白106はやむをえない一着なのかもしれないが、黒107、109、111と堂々と中央突破しては碁は完全に終わった。



 参考図A 白34では一本右下をトんでおきたかった






 白34で右下を一間にトべば、黒はO-16に一間にトぶ位のものだろう。その交換をしておけば、直後の黒41〜55のキツイ攻めもなかった。
 黒35でこの図のように左上をポン抜いてもここは、打ち切ったところで、案外モノが小さい。白は36以下先手で大威張りで右下を打ち、左辺も先手で回れる。この図は黒左上で重複していて悪い。

 参考図B 白48ではまだしも下切りだった






 
 参考図C 白52で両アタリはシチョウに取られ。






 白52の時、このように両アタリを打てば、黒は53とこちらを逃げ、白54ポン抜きの時、黒55はシチョウである。ここで、白が56と打てばシチョウアタリを打てば勢い参考図Bのフリ替わりになる。

 参考図D 白56で左上を打ってまたもや大フリ替わり






 このフリ替わりは右下を取り切った黒が厚いか。う〜ん素人目には、黒が南半球、白が北半球と地球ならぬ碁盤の小宇宙を二分していい勝負のようにも思えるのだが。

 参考図E 白86では妥協もあった?






 白86では、三線での渡りは許しても四線を塗りつけるのはありえた。白も中央の一方地で恐いことは恐いが黒97となって黒97まで先手で中で居直られた実戦の進行よりはましだった。

 参考図F 白98で囲っても、手遅れ?!






 感想戦で、結城Pは98では「右下を98と囲って勝負に持ち込める」と主張したが、張栩名人・王座は即座に「それなら黒も99と右下を囲って負けはない。」と斬り返した。「中央の白は50目はできないから」ということは、張はこの早碁の最中にも形勢判断ができていた(寄せまで、読み切っていた)ということになる。凄い!








 





posted by 蔵山車理恵蔵 at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

NHK杯二回戦第1局 △倉橋正行九段対▲趙治勲十段 黒4目半勝








 解説:石田芳夫九段、結城聡九段
 □黒は5、7とカカリっぱなしにして右辺に三連星を敷く。
 □白10〜12の時、黒13を利かして白14と交換してから黒15に戻ったのは、右上の黒の三々(黒15、R-17)と上辺白の二間開き(左上が星の白だけなら、ケイマ=白16のところ、M-16とはならない)を決めてしまってからの左上カカリは上辺右の白が安定しているので、実戦白14のようにおとなしくケイマに受ける(そうなれば上辺の白は位が低く、つまらない)とは限らない。その時は参考図Aのように挟んで左辺の黒は不安定な石をふたつかかえて忙しい戦いに巻き込まれて不利である。
 □という理由で、黒は右上はいったん放置して、左で黒13ケイマガカリと白14ケイマ受けを利かしておいてから黒15と右上三々に戻る。
 □白も14があるので上辺のバランスを計る意味で、16は二間ビラキではなく高くケイマに構えた。参考図B参照。
 □黒17に白18は趣向、黒が三々コスミなら参考図Cのように黒を隅に閉じ込めてしまおうという考えである。
 □黒は左辺に不安定な石をふたつもかかえているのに、更に黒19と打ち込んだ。趙一流の薄く辛い打ち方である。その意図は白20を誘い、黒21と踊り出して、白22、24を必然とさせて黒25とコスミ、3つのグループの黒石が単に逃げるのではなく、上辺と左辺の白と際どく競りあう中で凌いでしまおうというもので、極めてレベルの高い打ち方である。それは一歩間違えばいっぺんにつぶれてしまう可能性をも秘めていて、現代の国際トップレベルの序盤から布石なしで戦いに入るという打ち方の先駆けをなすものであった。だから棋聖を六連覇していた頃の藤沢秀行などでさえ理解されず、「(趙)治勲は思想が低い」などとけなされていた。
 □左辺は黒23あたりで参考図Dのように収まることもできたがこの碁の黒の生命線である右辺の中国流に触ることを怖れて手をつけていない。
 □黒27では参考図Eのカケも考えられたが、結局やめたのは手抜きされた時左下を切られて分けの分からない戦いになるのを嫌ったものか。
 □黒27は右辺の中国流を意識している。参考図Fのトビがスケールのでかい全体構想だ。
 □黒31は様子見。白32、34と一歩一歩出てくる間に、黒は幸便に黒33〜41と左下を好形に整形して、右辺の黒の中国流との連繋をも展望して好調な運び。後は、左上と上辺の黒をシノげばよい。
 □白42は「正々堂々と真っ向から勝負を挑む本手」(石田P)ただし、本手とは、足の遅い意味もあり、対局者の倉橋正行九段本人は局後「緩着でした。一手緩んで、攻守が逆転してしまった」確かに、石田Pの言うように参考図Gのように、忙しく行くほうがよかったようだ。
 □黒45はいかにも“趙らしい”一着。この一局の碁で唯一石田Pの予想になかった【石の方向】である。中央進出のこの忙しい時に、あえて一手かけて手を戻している。これで、左上の黒が生きたわけでもなくなんとなく中途半端な感じもするが、これが趙ならではの[生きている石が最も厚い]という厚み感覚なのである。続いて47と打ってやっとこちらの黒はほぼシノギ形。
 □白も46と懸案のところを破って中央へ顔を出し、黒47〜白64と中央での白三集団、黒二集団の先行争い、鍔迫り合いが始まる。
 □このあたりを勝負所と見て趙はコンコンと考え込む。「(黒49を見て)こんな碁になっちゃった。」「この碁は寄せに時間は要らない(ここで決着がついてしまう)」
 □白50のケイマは頑張った手だが薄い。
 □(黒51では)押さえ込むのが一番きつい。白封鎖されて一手手入れして生きるのは敗勢に近い。」(石田)参考図Hの出切りのことか?
 □しかし黒51、53と勝負を先に伸ばす。参考図Hに危険を察知したか、形勢悪くないと見て自重したか?
 □黒65と微妙なトコロでノゾキを利かす。
 □白も黙ってツグのは利かされなので66とツケ、67と替わって一子を犠牲にして先手を取って切りを緩和し、その調子で68とノビる。
 □黒69、71を利かしておいて、待望の73に回る。ここは、先に白46の個所と同じ意味で、上辺と右辺の中国流の模様を繋いだ手で、衆目の集まる個所であるが、本手は参考図Jの一間トビ。だがそれでも白から打つとここが破れる危険はあるので、あえて薄く実戦のように打った。しかし、黒73が薄いことは薄いのは事実で、このラインの強弱が勝負の分かれ目になってきた。無論、このまますんなりと繋がって右辺の黒地がまとまれば黒大いに良い。
 □白74に対して、黒85は黒めいっぱいの頑張り。獅子奮迅、阿修羅のごとく、これぞ趙である。「こういかなくては打っている気がしない」という趙の気迫が見る者にひしひしと伝わってくる。「黒83では左辺の黒八子は見捨てて右下を強化するのもあった」と石田P。白83の切りは30目は固くばかでかいが、右下を二手連打して手付かずの黒地にまとまれば、それは百目はあろうかという巨大な地が完成するのでどっちも恐い?石田Pが図を示さなかったので、あおきが勝手読みをしたのが参考図Kである。まあ、それはそれで一局だったかもしれない。あんがいいい勝負だったのかも。だからこそ、趙は83と根こそぎ助け出してシノギ勝負に出た、とも言える。黒全部活きれば圧勝。取られればさすがに負け、と大バクチなのか?
 □だが、実戦は黒85まで根こそぎ助けようという欲深い手で、そうなれば黒は逃げ切ってしまう。白は怒らなければならないところだ。ここで白はどこに打つか?参考図Lである。次の十数手で勝負は決まる。
 □ここで白は白86黒87の交換をしておいてから88に戻った。この交換が吉と出るか、凶と出るか。
 □黒89〜白94はこう打った以上いわば必然。次の黒95が悩ましい。参考図Mである。
 □このあたり勝負所だが、両者とも持ち時間は使い果たしていて一手30秒の猛スピードで打っているので解説が口を挟む暇もない。白100〜128と白は右下を荒らしつつ生きたが、黒も129と繋がっては73の頑張りが効を奏した格好で右辺と下辺がそれなりにまとまった地ができては大差(12〜13目ほど?!黒良し)で黒の勝利が確定した。
 □遡って「黒101はやりすぎだった。参考図Nくらいに止めるんだった」という趙の反省がある。
 □というのも、実戦の進行は白はシノギながら、白110、122と急所に石を持ってきて、黒の薄みは現実の嫌味になってきた。特に下辺の黒125は122と緩めなければならず、黒はこれでモーレツに味悪になった。
 □時間に追われた白の倉橋はここで128と右下の白の単独の生きで妥協したのだが、その瞬間に黒129と連絡されては勝利の女神は白番倉橋の手からするりと抜け落ち、黒の趙の勝利が確定した。
 □実は、この時この日のもう一局の解説で待機していた結城聡九段が白128での白大逆転の一着を発見して控え室のモニターに向かって咆哮していた。「倉橋君、どうして切らない?!」と。参考図Oである。
 □成る程、白128でここを切れば黒は破綻していたのだ。そこで上記の「黒101では参考図Nだった」という趙の反省に繋がるというわけである。
 □この碁は、終始黒が先行、白42がおっとりしすぎの緩着で、その後は黒が主導権を握った。ただし黒101と125は恐い手で、白128で右辺を切れば逆転していたものを、実戦の128生きではモノが小さく、白の負けが確定した、ということになる。したがって白の敗着は128になる。
 □[したがって、以下は蛇足であるが]ヨセに入ってから趙は少し躓く。黒151では先に黒195、白196を決めなければならず、実戦は白158から160の筋が発生したが、逆転には到っていない。
 □ただし、↑上記「逆転には到っていない」は『週刊碁』(2006.8.28)の結論であって、放送時石田Pの呟き「白158では、160からやっていれば結果はどうなっていたか判らない」をやってみたのが参考図Sである。これは、ややや、白勝ちだぞ、おいおいおい!ど〜なってんのさ

 参考図A 黒13で右上を決めると左辺のカカリにはに挟まれて忙しい戦いになる。






 この図は左辺で黒は不安定な石をふたつかかえて、不利な戦いに巻き込まれてしまう。

 参考図B 白16で二間開きは上辺が位が低い。






 白14と左辺星からのケイマしまりがあるのに三線に低く二間ビラキするのは、白は三線に偏して位が低く打つ気がしない。この図だと後に黒からの肩ツキが絶好で白は三線を這わされるのはやりきれないとしたものだ。

 参考図C 黒19三々コスミなら白は黒を左上隅に閉じ込めて白模様が理想的






 白26がシチョウで取れているのが厚い。

 参考図D 黒23で左下ツギは良くない






 黒23〜27のように運べば、左辺の黒は安定してそのかわり左辺の白が薄くなり逃げている間に左上と上辺の黒も上下の白を攻めながらサバけて好調のようであるが、それをあえて我慢しているのは左下から一間にトんだ白24の切っ先が、この碁の黒の生命線である右辺の中国流を遠くから消しているのがイヤなのである!(そういうものなのか?!)

 参考図E 黒27カケはあった






 この図は解説の石田芳夫九段のご推薦(というか「趙さんならこう打つだろう。というかそれが石の流れ」)だった。が、結局思いとどまったのは白28の切りで闇試合になることを怖れたものか?!

 参考図F 黒27は右辺にスケールの大きい黒模様を狙っている






 白32で左下を切るのは、この時点ではモノが小さくまた本物ではない(もう一手手入れしなければ白は左辺を取り切れた、とは言いにくい)。その隙に黒33(ここが急所)とトバれると右辺にやたらスケールのでっかい黒模様ができる。

 参考図G 白42ではノゾキから切りで、急戦が戦いの主導権を握っていてよかった






 白42ノゾキから44切りで、ここで戦をしかけるのが全局の主導権を握る意味でよかった。左辺での戦いに白不利は考えられない。

 参考図H 黒51では押さえ込み(出切り?!)が一番きつい(石田P)






 白50のケイマが薄いので、黒51の押さえ込み(出切り)が決まれば勝負あった。が...

 参考図J 黒73では一間トビが本手






 黒73のトビが本手っぽいが、白74とトビで応えられるとここの黒は破れてしまう危険性がある。それで、どうせ薄いのならと、実戦の73とあえて薄く打って白を挑発している気味がある。
 
 参考図K 黒83で左辺を手抜きして二手連打すれば






 左下の白地も48目とでかいが、その隙に右下を二手連打するとすれば、こんなものか?またこれがどの程度黒地としてまとまるのか、あおきレベルではとうてい分からない。

 参考図L 白86でどう打つか?






 黒73で上辺と右辺の中国流が繋がった素振り。黒77、81で左下の黒も目無しながら右辺の中国流と五間の幅で連絡を窺っている。白はその二つをどこかで破り右下の黒模様をガラガラにしないといけないのだが...。本手は白68から右上ハネの一子アタリなのだが...。

 参考図M 黒95ぼんやりと上下が繋がったフリ






 黒95と下辺の黒から上に二間にトんだ。黒73とあいまって、黒はこのあたり上辺といい、左辺といい、なんとも薄いのだが...。最も、白も86〜94と元手をかけた以上この白は最早捨てることはできない。とりあえず白96〜黒99までは利かして...。さあ、どうする?

 参考図N 実戦の黒101はやりすぎだったと、趙は反省






 黒101から103のハサミツケは恐い戦いに突入するようだが、この様にきびしく打ったほうが、白も生きなければならないのでかえって決まりがつくという意味では分かりやすい打ち方なのかもしれない。これなら黒は上辺も左辺も連絡して安泰だったらしい。

 参考図O 白128では奇跡の大逆転があった!






 白128ではとにかく128と上辺の黒を切断、黒129は必然として、ここで白130とと“ドシロートっぽい”ノゾキが愚形の必殺技。白132、134に黒133、135の取りを必然で、その瞬間の白136、黒137が必然(だから、先の125では222と緩めておけばよかったのら!黒の馬鹿バカ!)白128がぴったりのダメ詰まりで、続く白130の出に黒抵抗するすべはなく、黒中央十二子か左辺の黒十四子がごっそり落ちては黒は即、投了の憂き目にあるところだった。う〜んかっての昭和の異能梶原武雄の“ドリル戦法”を上回る平成の鬼才結城聡の“チェンソー殺法”の凄みここにあり、というところであるか。
 なお、白130には、黒131、133と打って上辺の黒を助ける方法もないではないが、それは参考図Pのように中央の黒六子が取られて地合いは大差で白良し。黒の最大の抵抗は参考図Qのように黒133で中央を接いで上辺の黒と右下の白の攻め合いにもちこむことだが、どうやらこの戦いは黒悪いようだ。

 参考図P 黒131と妥協すると






 中央の黒六子が落ちては、黒負け。

 参考図Q 黒133で攻め合いにもちこむのは






 続いて黒135といくのは白136以下攻め合い白勝ち。かといって、黒135で参考図Rといっても攻め合いは黒勝てない。

 参考図R 黒135でこちらのダメをつめるのは






白136と下がって白はこの攻め合いに負けることはない。

 参考図S 白158で中から先に行くと






 これは、あおきひとしの拙い作文だが、おいおい白逆転してんじゃんか?!う〜む、謎だ。




























posted by 蔵山車理恵蔵 at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

第15期竜星戦Gブロック11回戦 △三谷哲也四段対▲彦坂直人九段 黒中押し勝








 □白34までは比較的穏やかな進行。
 □黒35と白模様に打ち込み、黒41までここから戦いが始まる。
 □白は42〜56と自らを補強しながら二団の黒をカラミ攻めにする。
 □黒57とトんでも黒はまだはっきりと連絡しているわけでもなく、ここまでは白のペースかと思われた。
 □白58〜黒71となって、白は右辺の白地を確定し、中央の黒三子の取りも残った。
 □しかし、ここで白72と左辺の黒を分断にいったのが打ち過ぎ。白74に黒上辺を受けず(続いて白78と押さえても実戦の進行のように、左上の黒は死なない)黒75と逆襲されては白の攻撃は空回りしている。
 □白72では参考図Aと左辺の薄みをにらみながら上辺へなだれ込む作戦が有力だった。
 □白76〜黒87と互いに切り結んで戦いは全面対決の様相を帯びてくる。
 □白88は時間つなぎだが、完全なそっぽ。
 □上辺を手抜きされて黒89と急所をうたれては形勢は一気に黒に傾いた。
 □白90〜116は必死の抵抗だが、黒117で攻め合いは黒良し。参考図B。

 参考図A 白72では左右の黒を睨みながら上辺になだれこむのが戦上手。







 白72,74、76とやっていけば、黒も右辺の大石のシノギが悩ましい。

 参考図B 黒117の後攻め合いは一手差で黒勝ち






 攻め合いは「目あり目なし」でも一手差で白勝てない。




posted by 蔵山車理恵蔵 at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月03日

第15期竜星戦本戦Dブロック11回戦 依田紀基九段対大竹英雄名誉碁聖








 □黒1〜白58まで、黒番大竹らしい無理のない厚い打ち方で淀みのない進行。もっとも、ネタは『週刊碁』(2006.8.7)の11字42行の400字あまりの囲み記事なので何も書いてなく、とすればあおき程度の棋力では何もわかっていないことにほかならないが、もっともらしくこう書いておく。
 □黒59で始めて大竹が動いた。三々打ち込みで様子を窺う。
 □白60ハネは気合の反発で、以下黒83までフリ替わり。
 □ただし途中、黒71の前に参考図AのようにO-10(白74のところ)の一間トビを利かしておけば右辺中央の黒の厚みが違い、実戦のように下辺を大きく取られてなお中央の黒が厳しく攻められることもなかった。
 □つまり右辺は荒らされても、白80と下辺の黒を飲み込めば白充分。
 □白86はアジ消しのようでも下辺での黒の惷動の余地を事前に消して堅く、白88、90と中央の力関係で優位に立てば大勢は白にあると読んだ明るい大局観がその背景にはある。
 □それは、白94から100、108となったところではっきり形となって表れている。
 □その途中、黒101のノゾキに白102とツケたのが鋭い小太刀の冴え。黒107まで、後手をひいてしまい黒の仕掛けが空振りに終わった。
 □ここであげたポイントを白番依田はがっちりと守りぬいて白番3目半勝ち。
 

 参考図A 黒71では右辺の黒一間トビを利かしておけば中央の厚みが違っていた






 このように黒71と白72の交換をしておけば中央の黒の厚みが全然違っていた。


posted by 蔵山車理恵蔵 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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