2006年07月08日

第31期碁聖戦五番勝負第1局 △依田紀基碁聖対▲張栩名人 黒半目勝 2006.7.6広島県呉市 








 解説:小林覚九段(『囲碁ジャーナル』2006.7.8OA)、中野寛也九段(新聞解説)
 □のっけから、白2のカカリ。以下黒は次々と空き隅の小目に先着して秀策流風、白は4、6と総ガカリの気配。
 □序盤の早い段階で「1.空き隅>2.シマリ>3.カカリ」なる“序盤の法則”に反して、空き隅を省略してカカっていくのは最近の流行。
 □しかし、それも3手目以降に先着してある一隅を継続して打つ前提として、それに隣接する隅に既に打ってある相手の石にカカって相手の反応を見、その結果としてここ(先着してある一隅)を打つ場合が多かった。その代表例がミニ中国流である。
 □それが変化してきて、カカリっぱなし(先着した個所のシマリに戻らない。相手のシマリを先手で妨害した利かしと見る)という最新の流行は、この張栩名人が日本へ持ち込んだように思われる。
 □つまり、時のナンバーワンの打った手が流行する(他の多くが研究して、実戦で試してみるので流行現象が起こる)のが世の習い、というか、その打碁の注目度の高い張栩こそがまぎれもないただ一人の日本トップ(四天王とか、三強というのは嘘)である証という逆説も成り立つわけである。
 □この世界の公式序列は棋聖>名人>本因坊であるが、その歴史とか、長く就任した棋士の強さなどから名人>本因坊=>棋聖という図式が当今は感じられなくもない。だから、最近の棋聖戦、本因坊戦のタイトルホルダーと挑戦者の顔ぶれをみて、今度のこの碁聖戦こそが、碁聖(前名人)対名人ということで当代の最強者決定戦にふさわしい、という過激な論議も出てくるのである。
 □その当代最強の張栩名人の行く手を阻むべく前名人の依田が、“韋駄天”栩っクンの上を行く総ガカリという意欲的な布石で立ち向かっている、というのがこの碁の構図であるようだ。
 □黒7に至り星に打ったことで総ガカリは避けられた。この黒7で右下もQ-3の小目に打てば白R-5のケイマガカリが予想されこれは総ガカリになる。ということは、黒7ケイマは白の目論見(総ガカリ)を外した一着で、後の黒29の厚いマゲとともに厚くりっぱな一着(小林覚九段)でありながら、後手ではあり、白の言い分を通して一局の主導権を白に渡しているという意味で「序盤は黒良くなかった」という局後の勝者(黒番の張栩の発言ですぜ)の反省がでてくるのである。
 □さて、白番でありながら白8で先手=一局の主導権を握った白はどこに打つべきか?というよりは、どういう発想で白8を打つべきかが問われるところだ。
 □小林Pの教えは「攻め、厚み>守り」だ。うむ、納得。これからは小林覚センセのことは“尊師”と呼ぼうw
 □で、白8、10と左辺での戦いの覇権を唱える。
 □ところが碁とは面白いものである。
 □9のコスミは、かのNHKが“家元制度という今日世界に通用するスポーツ選手(イチローのことか?まさか、あのイジケ虫<ナカータ君>のことじゃないよね)を輩出する礎を築いた日本独自の知的スポーツ育成システムが生んだ精華”=秀策創案の不朽(不急でもあるが)の妙手コスミであって11、13、15と四線を塗りつけられるとアラ不思議、下辺は「参考図Aでダメだよ」と叱られた白地になってしまった。しまった
 □参考図Bを眺めてほしい。この黒17は左辺の広がりすぎた4、8、10という安普請の模様に対する打ち込みというよりは、3-17のラインでは左上白4に対する2-1(当然、有利)の三間高バサミによる攻めになっており、また左下8、10という弱石をやはり17-5、9、11、13、15という鉄壁による攻めになっていて、これはいわゆるひとつの“カラミ攻め”である。白ピーンチ!
 □白18黒19が“いかにもプロ”という威風堂々、がっぷり四つの取り組合い。大相撲なた土俵中央で四つに組んでしばしストップモーション、観客席からは拍手が起こる場面だ。
 □黒19では、白18の下(F-10)にツケて、一戦交えるといういき方もあって、これはこれで一局とのこと。「一時間考えても、どうなるのかわからない」と小林P。うみゅ。
 □とまれ、左辺の戦いは「張栩らしくない」黒29と厚く打って一段落した。
 □それはつまり、上辺にどちらか先に先鞭をつけるのかがとてつもなく大きいからである。白30と三間開きを打って白が安定するのか、黒29は手抜きして放置し、黒30と三間高バサミにして上辺で起こる戦いの主導権を黒が握るのか、の差は天と地とほどの開きがある。
 □が、上辺で起こる戦いはいずれ左辺に浮いている黒石に波及するのは必死とみて、未然に黒29と一手かけたのは「今、日本で最も打てている棋士」張栩の見識であり、「これで遅れるわけではない」という自信の表れである。
 □黒33の詰めに白は34、36と右辺に展開する。これはその昔日本棋院選手権(現在の天元戦の前身)で活躍した大平修三が開発した<隅よりも辺を重んじる碁>だという。
 □勢い、黒は37〜49と上辺を黒地にし、白は48〜60と右辺に巨大な模様をつくるという展開になる。
 □白56と黒57という「お互いに我が道を行く」打ち方は「タイトルを取っている人同士の気合、意地の表れ」だと小林P。
 □このあたり『週刊碁』では白乗りの声が高かったようだが、小林Pは「正直この碁は解説不可能。昨日1日家で調べたが、結局わからなかった」と告白する。依田は「打っている時はいけると思っていた」「結果論だが、右辺の模様化は失敗だった」。張栩は「序盤が悪かった。その後はず〜と形勢不明だった」
 □解説の小林Pは「黒79が中盤の手止まり。白84となって、この幅で白が収まれば、黒良し」と言う。
 □「寄せは両者、ノーミス。どうも下辺、右辺でポイントをあげた黒が、途中差がつまったものの、見事に逃げ切った」(中野寛也九段)張栩名人の手厚い半目勝。

 参考図A 白8は守るところではない






 白2、4、6は忙しく打って乱戦持込みがテーマだから、白8でもその意図は一貫されなければならない。よって、この白8などは論外ということになる。黒9からは“ためにする作図”であってあまりあてにはならないが、“治にいて乱を忘れず”という譬えにもあるとおり、一局の主導権をどちらが取るかというのは少々の地などよりはるかに大事なことである、と知らなければならない。つまり、黒9と先手を渡しては白は左辺での戦いの主導権を黒に握られたことになり、(下辺での安定という白の利得を上回る)良い結果が得られる道理はない。

 参考図B 黒17の攻めに白18以下でシノギ






 白17の段階で左辺は黒=強い⇒攻め、白=弱い⇒シノギという力関係になっている。だから、いったんは18とボーシで脅かしたものの、黒19が“慌てず騒がず”の力強い構えで黒5子(+11、13、15の3子)>白4子という強弱関係は変っていない。だから白20とつけられて黒部分的にはピンチに見えても、21の一子を囮にして白28とやすやすとサバいてしまう。黒29は“張栩らしからぬ手厚い一手”であった。





posted by 蔵山車理恵蔵 at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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